<212>「ガウディ/未来をひらく窓」展

1888 Barcelona
「ガウディ/未来をひらく窓」展 入り口サイン photo©️Kyushima Nobuaki

「ガウディ/未来をひらく窓」展

現在、東京・六本木のミッドタウン「21_21 DESIGN SIGHT ギャラリー3」にて、「ガウディ/未来をひらく窓」展が開催されている。

「ガウディ/未来をひらく窓」展 入り口サイン
photo©️Kyushima Nobuaki

概要は以下の通り。

会期:2026年5月16日(土) – 7月12日(日)
会場:21_21 DESIGN SIGHTギャラリー3
休館日:5月26日(火)、6月23日(火)
開館時間:10:00 – 19:00
入場料:無料
主催:YKK AP株式会社

そのホームページには、下記のような説明がある。

建築家アントニ・ガウディは、独自の建築思想や強い探究心、独創的な形態感覚と機構開発、芸術・技術に関する豊富な情報収集力に加え、多様な職人や協業者との連携、パトロンや施主による支援をその創作活動の追い風とし、既存の建築様式や技術、工法を超え、固定概念にとらわれることなく、多種多様な窓を設計し、建築における「総合」と「調和」の実現を目指しました。
ガウディの没後100年となる2026年、「窓を考える会社」YKK APは、ガウディ建築群とのコラボレーションのもと創造的で革新的な「ガウディの窓」の魅力を伝える展覧会をバルセロナと東京で主催します。本プロジェクト「ガウディ: 未来をひらく窓」は、YKK APがこれまでに収集したガウディの窓に関する知見や研究成果、模型、共同研究の一部などをスペインと日本で展覧会やドキュメンタリー映像、書籍、関連イベントを通して紹介し、参加者とともにガウディの豊かな窓の世界を多角的に学び、未来の窓について考える産学官連携プロジェクトです。
東京のサテライト展となる本展は、バルセロナの世界遺産ガウディ建築パラウ・グエルでの展覧会と同じコンセプトを保ちつつ、21_21 DESIGN SIGHT ギャラリー3の空間を生かした独自の展示構成で開催します。

これで、YKK APが主催となっている理由もわかる。

ガウディと万博

さて、展示会場には、実際に触って開けられる窓など、いろいろな展示がなされている。

「ガウディ/未来をひらく窓」展 会場内サイン
photo©️Kyushima Nobuaki

「ガウディ/未来をひらく窓」展 展示風景
photo©️Kyushima Nobuaki

「ガウディ/未来をひらく窓」展 展示風景
photo©️Kyushima Nobuaki

「ガウディ/未来をひらく窓」展 展示風景
photo©️Kyushima Nobuaki

「ガウディ/未来をひらく窓」展 展示風景
photo©️Kyushima Nobuaki

この「万博亭日乗」でもガウディについては何度か触れた。

その中でも、昨年実際にバルセロナへ視察に行ってご紹介した

<143>シウタデリャ公園と1888年バルセロナ万博
<144>ガウディの噴水
<145>ガウディとバルセロナ

あたりは今回の展覧会とあわせてご参考になるのではないだろうか。

今回の展覧会は「窓」をテーマに構成されているが、会場にあるビデオのコーナーはなかなか参考になった。

その中には、1878年パリ万博1888年バルセロナ万博がガウディに与えた影響なども解説されている。

1878年はちょうどガウディが建築家の資格を獲得した年でもあり、この年に開催されたパリ万博は、のちにガウディの大スポンサーとなるあの、エウセビオ・グエルとの縁をつないだ万博である。

拙著、『万博100の物語』から少し引用しよう。

1878年第3回パリ万博の一角、スペイン会場第2ホールで、「コメーリャ」というスペイン・バルセロナの革手袋店が、ショーケースを作って自社の商品を展示していた。
この、一辺わずか60センチ角、高さ約2メートルの小さなショーケースに目をとめたのが、エウセビオ・グエル(1846~1918)というスペインから訪れていた人物であった。
エウセビオ・グエルの父、ホアン・グエルは、バルセロナを拠点として繊維会社を経営し、また、上院議員、下院議員を何期も務める政治家でもあった。この父からエウセビオ・グエルが事業を引き継いだのは26歳のときだった。イギリスとフランスに留学するなど教養あふれる人物であったグエルは、1878年にパリ万博を訪れる。そしてこの、「コメーリャ」革手袋店のショーケースとの運命的な出会いを果たす。
グエルは、主役の手袋そのものより、木造の台座の上に載った、鉄枠とガラスで作られたこのショーケースをいたく気に入った。小さなそのショーケースとその展示方法に、並々ならぬ才能の片鱗を感じたのだ。

<無名の建築家ガウディを突きとめる>
グエルはその制作者を探し求めた。パリの会場で欲しい情報を得られなかったグエルは、バルセロナに戻ると出展者であった「コメーリャ」革手袋店を訪れ、調べてもらった。
そこで得たのが、当時はまだまったく無名の建築家、アントニオ・ガウディ(1852~1926)の名前であった。今もバルセロナで建築が続いている「サグラダ・ファミリア」(聖家族教会)で有名な、建築家のガウディである。
この1878年パリ万博の「コメーリャ」革手袋店のショーケースをきっかけにして、グエルはガウディと知り合い、ガウディのスポンサーとなっていく。当時、ガウディ26歳、グエル32歳。そして、今もバルセロナで人々の集まるグエル公園やグエル邸、グエル別邸(いずれも1984年ユネスコ「世界遺産」に登録)など、ガウディの代表作にグエルの名前が残っていくことになる。

また、このビデオでは、1888年バルセロナ万博のときにガウディが東洋の建築に影響を受けた、という文脈から1888年バルセロナ万博の「フィリピン・タバコ館」と思われる画像も紹介されている。

「ガウディ/未来をひらく窓」展 ビデオ画像の一部。ガウディが影響を受けた可能性がある1888年バルセロナ万博で紹介された建物の画像。「フィリピン・タバコ館」と思われる。
photo©️Kyushima Nobuaki

「ガウディ/未来をひらく窓」展 ビデオ画像の一部。ガウディの壁面デザインが日本の型紙にヒントを得た可能性について解説。
photo©️Kyushima Nobuaki

ガウディの「建築は第1の造形芸術である」という考え方。礒崎新氏等のAny Projectにも通じる。
photo©️Kyushima Nobuaki

1888年バルセロナ万博にはガウディも参加しており、ガウディの会場パス『バルセロナ万国博覧会会場通行証』(1888年 レウス市博物館)も以前<24>でご紹介したことがある。

ラファエル・アレニャス・ミレート撮影
バルセロナ万国博覧会会場通行証 1888年
Photographer: Rafael Arenas Miret
Antoni Gaudí’s season ticket of exhibitor’s pass for the Universal Exhibition in Barcelona 1888
#ガウディ展

無帽のものは5枚しか残っていないという、写真嫌いのガウディの貴重な写真のうちの一枚が含まれている、万博史的には非常に貴重なものだ。

このように、この展覧会ではガウディが万博に影響を受けてきたことがあらためて紹介されている。

7月12日まで開催されているので、一度足を運ばれてはいかがだろうか。

タイトルとURLをコピーしました