<189>1879-80年シドニー万博「ガーデン・パレス」跡地を尋ねて

1879-80 Sydney
「パイオニア・メモリアル・ガーデン」(中央部分) photo©️Kyushima Nobuaki

<188> から続く)

メイン展示場「ガーデン・パレス」の跡地

さて、いよいよ<188>でご紹介した歴史あるゲートを通って、王立植物園に入り、1879-80年シドニー万博のメイン展示場「ガーデン・パレス」の跡地を探してみることにする。

王立植物園に入るとそこは美しい緑と青い空に囲まれた別世界であった。

王立植物園の園内の様子
photo©️Kyushima Nobuaki

王立植物園の園内の様子
photo©️Kyushima Nobuaki

ここから左に折れて北の方へ歩いて行けば、シドニー名所である「オペラ・ハウス」へ行くこともできるし、遠くには「ハーバー・ブリッジ」も見える。

王立植物園からオペラハウス、ハーバー・ブリッジを望む
photo©️Kyushima Nobuaki

近くには美しい「薔薇園」もある。
実はこの「薔薇園」がある場所も、すでに「ガーデン・パレス」の巨大ドームがあった場所の一部である。

王立植物園の園内(薔薇園)。背後にハーバー・ブリッジが見える。
photo©️Kyushima Nobuaki

前の方には下の方(海の方)に降りていくような坂道もある。

しかし、その方面には行かず、右の方(南方面)に歩いて少し行くと、目指していたものが見つかった。

「ガーデン・パレス」跡地の中心点「パイオニア・メモリアル・ガーデン(PIONEERS MEMORIAL GARDEN)」

それは円形に作られた庭園とその中心部分にある噴水の池、そしてさらにその中心にたつキューピッド像である。

「パイオニア・メモリアル・ガーデン」
photo©️Kyushima Nobuaki

じつは、このキューピッド像がある場所が「ガーデン・パレス」の巨大ドームがあった場所のちょうど中心点、ということになるのである。

このキューピッド像の近くにはこの1879-80年シドニー万博、ならびに、「ガーデン・パレス」に関する銘板が床に埋め込まれている。

「パイオニア・メモリアル・ガーデン」と銘板(手前)
photo©️Kyushima Nobuaki

「パイオニア・メモリアル・ガーデン」の銘板
photo©️Kyushima Nobuaki

そこには次のように書かれている。

THE GARDEN PALACE
THIS PLAQUE WAS UNVEILED ON 16TH OF SEPTEMBER 1979 BY HIS EXCELLENCY THE GOVERNOR OF NEW SOUTH WALES
SIR RODEN CUTLER V.C., K.C.M.G., K.C.V.O., C.B.E.
TO COMMEMORATE THE CENTENARY OF THE OPENING OF SYDNEY’S FIRST INTERNATIONAL EXHIBITION
ON THE 17TH OF SEPTEMBER 1879
THIS IS THE SITE OF THE CENTRAL DOME OF THE GARDEN PALACE
WHICH HOUSED THE EXHIBITION.
IT WAS 244 METRES LONG STRETCHING FROM THE CONSERVATORIUM OF MUSIC TO THE STATE LIBRARY;
THE DOME WAS 30 METRES IN DIAMETER AND 64 METRES HIGH.
THE BUILDING WAS DESTROYED BY FIRE IN 1882.
THE HON. NEVILLE WRAN Q.C.M.P.
PREMIER OF NEW SOUTH WALES
G. GLEESON, CHAIRMAN
ROYAL BOTANIC GARDENS TRUST
L.A.S. JOHNSON, DIRECTOR
ROYAL BOTANIC GARDENS

訳すと次のようになる。

「ガーデン・パレス」
この銘板は、1879年9月17日にシドニーで初めて開催された国際博覧会の100周年を記念して、ニューサウスウェールズ州知事閣下、サー・ローデン・カトラー(V.C.、K.C.M.G.、K.C.V.O.、C.B.E.)によって1979年9月16日に除幕されました。
ここは、博覧会が開催されたガーデン・パレスの中央ドームがあった場所です。
ドームは、音楽院から州立図書館まで244メートルにわたって伸びていました。
ドームの直径は30メートル、高さは64メートルでした。
建物は1882年に火災で焼失しました。
ネヴィル・ラン名誉牧師、ニューサウスウェールズ州首相
G・グリーソン ロイヤル・ボタニック・ガーデンズ・トラスト会長
L・A・S・ジョンソン ロイヤル・ボタニック・ガーデン園長

そしてこの公園の階段部分にはまた別の標識が残っている。

「パイオニア・メモリアル・ガーデン」の階段部分にある標識
photo©️Kyushima Nobuaki

「パイオニア・メモリアル・ガーデン」の階段部分にある標識(拡大)
photo©️Kyushima Nobuaki

そこには次のように書かれている。

ON THE SITE OF THE OLD EXHIBITION BUILDING THIS
PIONEERS MEMORIAL GARDEN
WAS OFFICIALLY OPENED BY
HER EXCELLENCY THE LADY GOWRIE
ON THE 3RD FEBRUARY 1938.
(訳)
この開拓者記念庭園は、旧万博展示場の跡地に
1938年2月3日にゴーリー夫人閣下によって
正式に開園されました。

これをみると、このキューピッドのある庭園は「PIONEERS MEMORIAL GARDEN(開拓者記念庭園)」と呼ばれているらしい。
Google Mapでは単に「パイオニア・ガーデン(Pioneer Garden)」と表記されているが、この「PIONEERS MEMORIAL GARDEN(開拓者記念庭園)」が正式名称ということだろう。

この由緒ある1879-80年シドニー万博の跡地、「パイオニア・メモリアル・ガーデン」も、西側を望めば、背後に近代的なビル群が聳え立っているのが見える。

「パイオニア・メモリアル・ガーデン」(中央部分)
photo©️Kyushima Nobuaki

「パイオニア・メモリアル・ガーデン」のオーストラリアクロトキ(Australian White Ibis)。多くの場所で見かけるメジャーな鳥。
photo©️Kyushima Nobuaki

150年近く前、植民地シドニーで開催された1879-80年シドニー万博

その頃は万博のメイン会場である「ガーデン・パレス」がダントツでシドニーで一番高い巨大な建物だった。

その跡地が今、近代的な高層ビル群に囲まれている。

150年近い時代の流れを感じるとともに、今もその万博跡地が残っており、今そこに佇んでいることに、しばし一人、感慨に浸る日であった。

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