<188>今も残る1879-80年シドニー万博「ガーデン・パレス・ゲート」

1879-80 Sydney
シドニー万博唯一の現存物「ガーデン・パレス・ゲート」(右の門柱) photo©️Kyushima Nobuaki

<187>より続く)

シドニー万博の主展示場「ガーデン・パレス」

1879-80年シドニー万博のメイン展示場「ガーデン・パレス」は、メルボルンとの先陣争いに勝つため、ニューサウスウェールズ植民地の主任建築家ジェームズ・バーネットのデザインにより設計され、わずか8か月という短期間で建設された。
(もっとも、世界初の万博である1851年ロンドン万博「クリスタル・パレス」は約半年の工期で完成したので、世界最速というわけではなかった)

この短い工期を可能にするため、当時としては画期的な「電気照明」を導入し、24時間体制で工事が行われた。

この「ガーデン・パレス」は十字架形(大聖堂のような構造)で、中央に巨大なドームがあった。

また、全長約244メートル、中央のドームは直径30メートル、高さは64メートルに達し、当時のシドニーでは圧倒的に巨大な建造物であった。

放火された(?)「ガーデン・パレス」

しかし、この壮大な「ガーデン・パレス」は博覧会終了後2年も経たないうちに(1882年)焼失してしまうことになる。

1853-54年ニューヨーク万博の主会場「クリスタル・パレス」(1851年ロンドン万博主展示場と同名)が万博開催5年後の1858年に焼失してしまったエピソードが思い起こされる。

さて、この火災については当時からいろいろな憶測が乱れ飛んだという。

有力な一説としては、この展示場が、万博後、犯罪記録保管所として使用されていたために放火・破壊された、というものがある。

今も残る「ガーデン・パレス」の跡地

さて、この「ガーデン・パレス」の跡地は今もシドニーに残っている。

シドニーへの観光客が必ず訪れる、といっていいほど人気の場所の一つであるロイヤル・ボタニック・ガーデン(王立植物園)

王立植物園(Royal Botanic Garden Sydney)の標識
photo©️Kyushima Nobuaki

この約30ヘクタールの植物園の北にはあの有名なオペラ・ハウスがある。

王立植物園からオペラハウス、ハーバー・ブリッジを望む
photo©️Kyushima Nobuaki

この公園の南西のあたり、マッコリー・ストリート(Macquarie Street)の東側にこの会場跡地はある。

マッコリー・ストリート(Macquarie Street)の標識
(Macquarie Street)

この公園の南の入り口付近にはヴィクトリア女王の夫、アルバート公の銅像が立っている。

アルバート公の記念碑
photo©️Kyushima Nobuaki

アルバート公の記念碑(台座部分)
photo©️Kyushima Nobuaki

そこには下記のように書かれている。

The People of New South Wales to Albert the Good prince consort of Queen Victoria 1866

ニューサウスウェールズ州民より、ヴィクトリア女王の配偶者、善良なるアルバート公へ 1866年

1866年というと、このシドニー万博のずいぶん前であるが、その頃にこの像は建てられた。

アルバート公は1819年 – 1861年の比較的短い人生だったが、ヴィクトリア女王と一緒の像とかではないところをみると、アルバート公の死を記念して建てられたのかもしれない。

「ガーデン・パレス・ゲート」

さて、マッコリー・ストリート王立植物園にそって北に歩いていくと、右手に、この通りに面して「ガーデン・パレス」の門が見えてくる。

この立派な門「ガーデン・パレス・ゲート」は当時の万博の時代から唯一残っている貴重なものである。

シドニー万博唯一の現存物「ガーデン・パレス・ゲート」
photo©️Kyushima Nobuaki

シドニー万博唯一の現存物「ガーデン・パレス・ゲート」
photo©️Kyushima Nobuaki

中央の2つの門柱には、右の門柱に「GARDEN」、左に「PALACE」と金色の文字で書かれている。

シドニー万博唯一の現存物「ガーデン・パレス・ゲート」(右の門柱)
photo©️Kyushima Nobuaki

この右の「GARDEN」という文字のRとDの間に円形のプレートが組み込まれている。

拡大してみると、丸い徽章の中に十字の形をしたデザインがあり、その中に獅子と思われるものが描かれている。

このデザインは、ニューサウスウェールズ州の紋章(州章)である。

右側の門柱のレリーフ(ニューサウスウェールズ州の紋章)
photo©️Kyushima Nobuaki

また、左の「PALACE」のLとAの間にも円形のプレートが組み込まれている。

左側の門柱のレリーフ
photo©️Kyushima Nobuaki

これはメダルのようになっており、周囲には

INTERNATIONAL EXHIBITION
SYDNEY N.S.W M.D.CCC.LXXIX

と書かれている。

この「 M.D.CCC.LXXIX」の部分であるが、
ローマ数字では
M 1,000
D 500
C 100
L 50
X 10
となっており、最後のIXは10-1=9ということから
1000+500+300+50+20+9=1879を表すことになる。
つまり、シドニー万博の開催年である。

要するに、この表記の意味としては

国際博覧会
シドニー、ニューサウスウェールズ州 1879年

ということになる。

さて、それでは次の<189>ではいよいよ王立植物園の中に入り、1879-80年シドニー万博の跡地を探してみることにしよう。

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