<196>でご紹介したように、1880-81年だけでなく、1888-89年メルボルン万博会場ともなったカールトン庭園と王立展示館。

現在のカールトン庭園、ホッホグルテル・ファウンテンと王立展示館
photo©️Kyushima Nobuaki
今もそこにはこの2度の万博会場となったという証(あかし)がいくつかみてとれる。
王立展示館に設置されたプレート
まずは、王立展示館正面右側のプレートである。
ここには次のようにある。

王立展示館正面付近に建てられたプレートと壁に埋め込まれた説明文
photo©️Kyushima Nobuaki

ROYAL EXHIBITION BUILDING
AND CARLTON GARDENS の標識
photo©️Kyushima Nobuaki
AND CARLTON GARDENS
This building was erected for the Melbourne International Exhibition, 1880-81. As a ‘Palace of Industry”, it displayed the technologies and achievements of the mechanised age. Huge temporary halls housed exhibits
of the latest products from more than thirty nations. Pianos, typewriters, lawnmowers, electric lights, carriages and decorative homewares were all on display. Public taste in Melbourne was changed for ever.
The 1880 International Exhibition was the greatest show the city had ever seen, and attracted over one million visitors. A second, even larger world fair, the Centennial International Exhibition, was staged here in 1888.
The Royal Exhibition Building is the only surviving ‘Palace of Industry’ from a nineteenth-century world fair on its original site. It is still in use as an exhibition venue.
Enquire at Melbourne Museum for tours of the building.
ロイヤル・エキシビション・ビルディングとカールトン・ガーデンズ
この建物は、1880年から1881年にかけて開催されたメルボルン万国博覧会のために建てられました。「産業の殿堂」として、機械化時代の技術と成果を展示しました。巨大な仮設ホールには、30カ国以上から集められた最新の製品が展示されました。ピアノ、タイプライター、芝刈り機、電灯、馬車、装飾的な家庭用品など、あらゆるものが展示されました。メルボルンの人々の嗜好は永遠に変わりました。
1880年の万国博覧会は、メルボルン史上最大の博覧会となり、100万人以上の来場者を集めました。1888年には、さらに大規模な第2回万国博覧会、センテニアル万国博覧会がここで開催されました。
ロイヤル・エキシビション・ビルディングは、19世紀の万国博覧会の「産業の殿堂」として、元の場所に現存する唯一の建物です。現在も展示会場として使用されています。
館内の見学については、メルボルン博物館にお問い合わせください。
そして、そこにある絵の下には次のようなキャプションが書いてある。

王立展示館に設置されたプレート上の画像。
photo©️Kyushima Nobuaki
Offcial Record of the Melbourne International Exhibition. 1880-81
Museum Victoria Collection
メルボルン万国博覧会におけるイギリス展示物を取り囲む群衆。
メルボルン万国博覧会公式記録。1880-81年
ビクトリア博物館所蔵
さらには、一番下には次のようにある。
王立展示館とカールトン庭園は世界遺産に登録され、2004年にオーストラリア初の国定歴史建造物となりました。
こうやって世界遺産に登録されたことが明確にわかるのである。
王立展示館の礎石が設置された記念プレート
そして、そのプレートが設置された上の壁には、白い小さなプレートが貼り付けられており、そこには次のように書かれている。

王立展示館の礎石が設置された記念プレート
photo©️Kyushima Nobuaki
建物の礎石は1879年2月19日に据えられました。
メルボルン万博が1880年10月1日開会、ということを考えると、開会の1年半以上前に王立展示館の礎石が設置された、ということがわかる。
1880年万博コミッショナーによるスタウェル産石柱に関するプレート
次には、王立展示館の東側の角のあたりに立つ由緒正しそうな茶色の石の柱についてのプレートである。

王立展示館のスタウェル産石柱
photo©️Kyushima Nobuaki

1880年万博コミッショナー、ジョン・ウッズ議員によるスタウェル産石柱に関するプレート
photo©️Kyushima Nobuaki
そこには次のように書かれている。
OF THE HON. JOHN WOODS, M.P. (BORN LIVERPOOL ENGLAND NOVEMBER STH 1822, DIED BRIGHTON VICTORIA APRIL 2ND 1892: ENGINEER, POLITICIAN AND INVENTOR, COMMISSIONER INTERNATIONAL EXHIBITION 1880 AND EXHIBITION TRUSTEES 1881-1892) TO EXPRESS HIS INDIGNATION OF THE CHOICE OF NEW SOUTH WALES STONE FOR PARLIAMENT HOUSE AND TO SHOW THE ENDURING QUALITIES OF LOCAL STONE.
このスタウェル産の石柱は、
ジョン・ウッズ議員(1822年11月5日、イギリス、リバプール生まれ、
1892年4月2日、ヴィクトリア州ブライトンにて死去:技師、政治家、発明家、1880年国際博覧会コミッショナー、1881年から1892年まで博覧会評議員)の強い要望により、国会議事堂にニュー・サウス・ウェールズ産の石材が選ばれたことへの憤りと、地元産石材の永続的な品質を示すために、ここに設置されました。
ホッホグルテル・ファウンテン(万博噴水)のプレート
そして、ホッホグルテル・ファウンテンの近くの地面にもプレートが埋め込まれている。

現在のホッホグルテル・ファウンテンとプレート
photo©️Kyushima Nobuaki

ホッホグルテル・ファウンテンの正面の地面に設置されたプレート
photo©️Kyushima Nobuaki
そこには次のようにある。
Josef Hochgurtel
The Exhibition Fountain was commissioned for the Melbourne International Exhibition of 1880. This was the sixth exhibition the city had staged and the grandest by far.
Australia’s isolation gave these exhibitions an importance it is difficult for us to imagine today. Not only did they aim to attract and display all that was new and “civilised” in England and Europe, but local elements from the exhibitions then toured overseas to fly the flag of Australia, the farthest of Britain’s colonies.
The fountain was designed and built by Josef Hochgurtel. Described in the Australian Sketcher ” …as expected to be the handsomest structure of
its kind in Australia’s colonies” it combines the classical allegorical figures of merpeople and innocent children with native flora and fauna.
Notice the reptiles fiercely gripping the lower basin while platypi look down on them from above. Relief panels on the underside of the upper basin describe four areas of knowledge and endeavour proudly on show in the exhibition. They are: the Arts, the Sciences, Commerce and Trade, and Industry.
万博噴水 1880
ヨーゼフ・ホッホグルテル
万博噴水は、1880年メルボルン万博のために建造されました。これは、この都市で開催された6回目の博覧会であり、これまでで最も壮大なものでした。
オーストラリアの孤立は、これらの博覧会に、今日では想像しがたいほどの重要性を与えました。博覧会は、イギリスやヨーロッパのあらゆる新しく「文明化された」ものを惹きつけ、展示することを目的としていただけでなく、博覧会で展示された地元の要素が海外を巡回し、イギリスの植民地の中で最も遠いオーストラリアの国旗を掲げることになりました。
この噴水はヨーゼフ・ホッホグルテルによって設計・建設されました。オーストラリアン・スケッチャー誌には「…オーストラリアの植民地におけるこの種の建造物の中で最も美しいものとなることが期待されていた」と評されており、人魚や無邪気な子供たちといった古典的な寓話的な姿と、在来の動植物が融合しています。
爬虫類が下の水槽を勢いよく掴み、カモノハシが上からそれを見下ろしている様子に注目してください。上の水槽の裏側には、展示で誇らしげに展示されている4つの知識と努力の分野、すなわち芸術、科学、商業と貿易、そして産業がレリーフで表現されています。
この文章の噴水の描写を確かめていただくために、ホッホグルテル・ファウンテンの写真をいくつか拡大したものも含めて掲載させていただくことにする。

現在のホッホグルテル・ファウンテン
photo©️Kyushima Nobuaki

現在のホッホグルテル・ファウンテン
photo©️Kyushima Nobuaki

現在のホッホグルテル・ファウンテン
photo©️Kyushima Nobuaki

現在のホッホグルテル・ファウンテン
photo©️Kyushima Nobuaki
このように、現在のカールトン庭園とホッホグルテル・ファウンテン、そして王立展示館には万博の名残をいくつも確認することができるのである。

