<230>マリー・アントワネット展とパリ万博

1867 Paris
フランソワ=ユベール・ドルーエ『コートドレスのマリー・アントワネット』 photo©️Kyushima Nobuaki

『マリー・アントワネット・スタイル』

現在、横浜市の横浜美術館にて

マリー・アントワネット・スタイル

という展覧会が開催中である。

「マリー・アントワネット・スタイル」展サイン
photo©️Kyushima Nobuaki

「マリー・アントワネット・スタイル」展サイン
photo©️Kyushima Nobuaki

「マリー・アントワネット・スタイル」展サイン
photo©️Kyushima Nobuaki

開催期間は2026年8月1日〜11月23日。

英国・ロンドンのヴィクトリア&アルバート・ミュージアム(V&A)所蔵の逸品が多数来日している。

このV&Aについては、現地視察も含めて何度かご紹介した。

ヴィクトリア&アルバート・ミュージアム
Victoria & Albert Museum
photo©️Kyushima Nobuaki

このミュージアム自体が世界初の万博、1851年ロンドン万博の収益金で建てられたという万博がらみのミュージアムであり、その西端はロンドン万博で名付けられた「エキシビション・ロード」(万博通り)に面している。

ヴィクトリア&アルバート・ミュージアムの角に残る「EXHIBITION ROAD」の標識
The “EXHIBITION ROAD” sign remains on the corner of the Victoria & Albert Museum.
photo©️Kyushima Nobuaki

また、このミュージアムにはロンドン万博に関するコーナーがあり、それについてもご紹介した。

詳しくは、下記等をご参照いただきたい。

<128>アルバート公記念碑
<137>『1851年5月1日ヴィクトリア女王による大博覧会の開会式』

しかし、なぜ、フランスの王妃であったマリー・アントワネット(1755–1793)に関連するものがイギリスの博物館に所蔵されているのだろうか。

もちろんいろいろな事情があるが、一番の原因は、フランスからイギリスに売却された、ということらしい。

マリー・アントワネットは1789年フランス革命のあと、1793年に処刑された。
その後、その財産はフランス国家に移され、それらがイギリスの王侯貴族や富裕コレクターによって購入された、ということである。

それらが、1851年ロンドン万博後に建てられたV&Aの前身である「製造品博物館(Museum of Manufactures)」に収蔵されたのである。

ちなみに「製造品博物館(Museum of Manufactures)」の設立は万博後の1852年、その後、1853年「装飾美術博物館(Museum of Ornamental Art)」への改称、1857年「サウス・ケンジントン・ミュージアム」への改称・現在地への引越しを経て、現在の「ヴィクトリア&アルバート・ミュージアム」へと改称されたのが1899年ということである。

1867年パリ万博とマリー・アントワネット

さて、万博が始まった19世紀後半よりずっと以前にその人生を過ごしたマリー・アントワネットだったが、彼女に関する独立した展覧会が、1867年パリ万博の開催とあわせて、ヴェルサイユプチ・トリアノン宮殿を会場を開催されていた。

ヴェルサイユ宮殿 正面
photo©️Kyushima Nobuaki

『プチ・トリアノン 
 フランス庭園に望む東側正面』
ここで1867年パリ万博に合わせてマリー・アントワネットの展覧会が開催された

1867年パリ万博を主導したナポレオン3世(1808-1873)皇后ウジェニー(1826-1920)が、万博の開幕(1867年4月1日)に合わせてこの展覧会を企画した。

『皇后ウジェニー』ピエール・ポール・アモン

そのために、1861年にナポレオン3世が購入したマルメゾン城とプチ・トリアノンを、1867年に開幕予定のパリ万博に向けて修復・再整備したのである。

彼女はそこまでマリー・アントワネットを崇拝していたらしい。

ルイ16世の王妃だったマリー・アントワネットは処刑されることになった。
そして、ナポレオン3世の失脚とともに、ウジェニー皇后もイギリスの亡命することになったのである。

今回の展覧会では、この1867年のプチ・トリアノンの展覧会に出ていたと確証のあるものは確認できないが、ヴィジェ=ルブランにならったマリー・アントワネットの肖像画やドレス、セーブルの磁器、家具、宝石類など類似のものは多数展示されている。

フランソワ=ユベール・ドルーエ『コートドレスのマリー・アントワネット』
photo©️Kyushima Nobuaki

『マリー・アントワネット旧蔵の天然真珠と
ダイヤモンドの3連ネックレス』
photo©️Kyushima Nobuaki

通称「サザーランド・ダイヤモンド」
photo©️Kyushima Nobuaki

『マリー・アントワネットの肘かけ椅子』
photo©️Kyushima Nobuaki

『ローブ・ア・ラ・フランセーズ』
photo©️Kyushima Nobuaki

皿 マリー・アントワネットの食器セット「真珠とヤグルマギク」(セーヴル磁器製作所)
photo©️Kyushima Nobuaki

『フランス王妃 マリー・アントワネットの肖像』部分
作者不詳(エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ゠ルブランの作品による)

マリー・アントワネットの生涯に思いを馳せつつも、彼女の関連の物品が展示された1867年パリ万博と同時開催されたプチ・トリアノンでの展覧会にも思いを巡らせてみるのであった。

 

 

 

 

 

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