<69>ニューヨーク・メトロポリタン美術館と万博③『ブライアント・ベース』

1876 Philadelphia Expo
『ブライアント・ベース』 "Bryant Vase" photo©️Kyushima Nobuaki

アメリカン・ウィングへ

さて、<68>話でご紹介した「何百万人もの人々のためにアートを」展の視察を終えた筆者は、いよいよアメリカン・ウィングへと向かった。
メトロポリタン美術館はあまりにも世界中から集められた傑作が多いので、特に名品揃いのヨーロッパ絵画の展示室が一番人気であり、こちらアメリカン・ウィングにはじつはあまりビジターもいない。

しかし、万博、特にアメリカで開催された19世紀後半の万博に関連したアートを見るにはここを訪れないわけにはいかない。
事前調査ではあまり具体的な展示作品の情報は得られなかったが、ここにはティファニーをはじめ、いろいろな万博関連作品があるのでは、という確信はあった。

アメリカン・ウィング(The American Wing)は5番街の方から見て、センターにあるヨーロッパ絵画展示室の右手(北側)にある。
アメリカン・ウィングは17 世紀から 19 世紀初頭のアメリカ国内芸術を展示する特別な展示室で、1924 年にオープンした。 その後、絵画と彫刻のギャラリーと天窓のある中庭が 1980 年に追加された。

「アメリカン・ウィング」中庭
“American Wing” Skylit Courtyard
photo©️Kyushima Nobuaki

この2階の「ギャラリー706」のあたりが今回目指すところである。

ティファニーと万博

ティファニーと万博の関係については<62>話「ニューヨーク市パビリオン」だった「クイーンズ美術館」でもご紹介した。
1853-54年ニューヨーク万博から始まり、アメリカで開催された万博、パリで開催された複数回の万博など多くの万博にティファニーは出展している。
万博と関係の深いティファニーの展示が今も、以前ニューヨーク万博の「ニューヨーク市パビリオン」だった「クイーンズ美術館」に常設されているというのは必然的なことだといえるだろう。

ブライアント・ベース

さて、アメリカンウィング2階の「ギャラリー706」を訪れて、最初に目に飛び込んできたのは、巨大な銀製の花瓶、その名も『ブライアント・ベース』である。

『ブライアント・ベース』
“Bryant Vase”
photo©️Kyushima Nobuaki

「ブライアント」、という名は、<63>話でもご紹介した。
そう、あの1853-54年に初めてアメリカで開催されたニューヨーク万博の跡地「ブライアント・パーク」の名に今も残る人物である。

ブライアント・パークの普段の様子・夜景(2019)
Bryant Park, Normal Night Scene(2019)
photo©️Kyushima Nobuaki

ウィリアム・カレン・ブライアント(1794-1878)はジャーナリストであり、著名な詩人であった。「セントラル・パーク」のアイデアや、ここ「メトロポリタン美術館」の創設にも中心的な役割を果たした。
そして、1853-54ニューヨーク万博の会場だった「レゼボア・スクエア」は、その後1884年に彼の名前にちなんで「ブライアント・パーク」と改名され、今にいたるのである。

この「ブライアント・パーク」にはまだ彼の銅像がたっている。

ブライアント公園に設置されたウィリアム・カレン・ブライアントの像
Statue of William Cullen Bryant in Bryant Park
photo©️Kyushima Nobuaki

この『ブライアント・ベース』、実はティファニーが1876年フィラデルフィア万博に出展したものであった。

この作品の解説には次のようにある(筆者訳)。


ブライアントの花瓶
ティファニー (1837-現在)
ジェームズ H. ホワイトハウス (1833-1902) によるデザイン。
ニューヨーク市、1876 年
銀製
詩人で新聞編集者のウィリアム・カレン・ブライアント(1794-1878)の80歳の誕生日を讃えて、彼の友人グループが「彼の文学と市民としてのキャリアの教訓を体現する、オリジナルのデザインと厳選された職人技による記念の花瓶」を注文した。 ルネサンス復興の感性とエステティック運動(耽美主義)の感性を組み合わせたそのデザインは、象徴的なイメージやモチーフで装飾されたギリシャの花瓶の形で構成されている。 リンゴの枝や花など、花瓶の本体を覆うアメリカの植物の透かし彫りは、ブライアントの詩の美しさと健全な性質を表しており、楕円形のメダリオンの情景は彼の人生と作品を暗示している。 依頼が発表された瞬間から完成のかなり後まで、この花瓶は広く宣伝され、称賛された。 1876 年にブライアントに贈られた後、ティファニーはフィラデルフィアで同年開催された「アメリカ独立100 周年記念万国博覧会」(筆者注:1876年フィラデルフィア万博)でこの作品を展示した。 翌年、その花瓶はメトロポリタン美術館に寄贈された。
(ウィリアム・カレン・ブライアントからのギフト、1877年)

『ブライアント・ベース』右側面
“Bryant Vase” Right side
photo©️Kyushima Nobuaki

『ブライアント・ベース』左側面
“Bryant Vase” Left side
photo©️Kyushima Nobuaki

『ブライアント・ベース』背面
“Bryant Vase” Back side
photo©️Kyushima Nobuaki

この、1876年フィラデルフィア万博に出展された銀製の巨大な花瓶を見る時、ティファニーと万博、そして、ウィリアム・カレン・ブライアントと万博の縁の深さに改めて感銘を受けるのである。

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