<207>ブリスベン万博跡地「サウスバンク・パークランズ」の現在

1988 Brisbane
ブリスベン万博跡地・サウスバンク地区の現在の様子 photo©️Kyushima Nobuaki

ブリスベン万博跡地の現在

その1988年ブリスベン万博の跡地に行ってみた。

筆者が訪れた日(2025年12月)は天気にも恵まれ、ブリスベン川周辺は非常にリラックスした雰囲気であった。

ブリスベン空港から電車に乗り、サウス・ブリスベン(South Brisbane)駅で下車する。
会場跡地はそこからすぐの徒歩圏である。

ブリスベン万博跡地最寄駅サウス・ビリスベン駅
photo©️Kyushima Nobuaki

サウス・ブリスベン周辺マップ。中心右寄りの川の南岸がブリスベン万博会場跡地
photo©️Kyushima Nobuaki

ブリスベン万博跡地・サウスバンク地区の現在の様子
photo©️Kyushima Nobuaki

駅周辺にはマップなどの案内サインもあり、訪れやすい。

観覧車「ホイール・オブ・ブリスベン」

まず目を引くのは大きな観覧車である。

これは、ブリスベン万博跡地に万博20周年で作られた観覧車「ホイール・オブ・ブリスベン」というもので、万博開催時にはなかったものである。

ブリスベン万博跡地に万博20周年で作られた観覧車「ホイール・オブ・ブリスベン」
photo©️Kyushima Nobuaki

万博というと観覧車がつきものなので、その時にできたのかと思ったが、実は万博開催後20年経ってから建てられたものである。

「ブリスベン・モニュメント」

そして川のほうに歩くと、よく写真などでみる「BRISBANE」の文字のサインが目に飛び込んでくる。

これは「ブリスベン・モニュメント(Brisbane Sign)」と呼べれているものである。

ブリスベン万博跡地から川向こうの近代的な高層ビル群を望む。
photo©️Kyushima Nobuaki

ブリスベン万博跡地から川向こうの近代的な高層ビル群を望む。
photo©️Kyushima Nobuaki

近くには1835年、1965年当時の写真のパネルも設置されている。

ブリスベンの1835年、1965年当時の写真のパネル
photo©️Kyushima Nobuaki

そしてその後ろにはゆるやかに蛇行するブリスベン川が、そして、その対岸の北側には近代的な高層ビル群が見える。

橋から望む万博跡地一帯
photo©️Kyushima Nobuaki

ブリスベン万博跡地・サウスバンク地区の現在の様子
photo©️Kyushima Nobuaki

この1988ブリスベン万博の跡地はこのように「サウスバンク・パークランズ」として市民の憩いの場として人工ビーチや散策路、イベント会場The Arbour(ジ・アーバー)等をふくんだ公園として整備・運営されているのである。

ブリスベン万博跡地・サウスバンク地区の現在の様子
photo©️Kyushima Nobuaki

ブリスベン万博跡地・サウスバンク地区の現在の様子
photo©️Kyushima Nobuaki

ブリスベン万博跡地・サウスバンク地区の現在の様子
photo©️Kyushima Nobuaki

ブリスベン万博跡地・サウスバンク地区の現在の様子
photo©️Kyushima Nobuaki

ブリスベン万博跡地・サウスバンク地区の現在の様子
photo©️Kyushima Nobuaki

ブリスベン万博跡地・スタンレー・ストリート・プラザの現在の様子。万博開催中は「世界各国の料理を楽しめるメインの飲食・フェスティバルゾーン」だった
photo©️Kyushima Nobuaki

ブリスベン万博跡地に立つ「サウスバンク・ピアッツァ」。
万博開催中は「ピアッツァ」と呼ばれた催事場だった。
photo©️Kyushima Nobuaki

ブリスベン万博跡地に立つ「サウスバンク・ピアッツァ」。
万博開催中は「ピアッツァ」と呼ばれた催事場だった。
photo©️Kyushima Nobuaki

ブリスベン万博跡地・サウスバンク地区の現在の様子
photo©️Kyushima Nobuaki

ブリスベン万博跡地・サウスバンク地区の現在の様子
photo©️Kyushima Nobuaki

「The Arbour(ジ・アーバー)」

なかでも、The Arbour(ジ・アーバー)は、ブーゲンビリアの花で覆われた印象的な回廊型の藤棚構造である。

鮮やかなピンク色の花と曲線的な鋼製フレームが特徴で、ブリスベンの都市景観を象徴するデザインのひとつとなっている。

このThe Arbour(ジ・アーバー)は、メルボルンを拠点とする建築事務所デントン・コーカー・マーシャル(Denton Corker Marshall)が設計し、2000年に正式オープン。

443本の鋼鉄製の曲がり柱(高さ最大10メートル)で構成され、ブーゲンビリアが繁茂する緑の天蓋を支えている。

ブリスベン万博跡地・サウスバンク地区の現在の様子
The Arbour(ジ・アーバー)
photo©️Kyushima Nobuaki

ブリスベン万博跡地・サウスバンク地区の現在の様子
The Arbour(ジ・アーバー)
photo©️Kyushima Nobuaki

ブリスベン万博跡地・サウスバンク地区の現在の様子
The Arbour(ジ・アーバー)
photo©️Kyushima Nobuaki

全長約1キロメートルで、ヴァルチャー・ストリートの角からQPAC(クイーンズランド舞台芸術センター)横のカルチュラル・フォーコートまで続く歩行者通路として機能している。

現在もこのルートを歩くと非常に美しく、快適である。

ジ・アーバーが通っているルートの一部は、かつての万博期間中にモノレールが走っていた軌道や、多くの人々が行き交ったメイン通路の面影を残しているのである。

「クィーンズランド海洋博物館」

この公園をずっと南東の方向にむかって川沿いに歩いて行くと、最後には「クィーンズランド海洋博物館(Queensland Maritime Museum)」が立っている。

ブリスベン万博跡地にたつ海洋博物館の現在の様子。万博当時は「パビリオン・オブ・プロミス」だった。
photo©️Kyushima Nobuaki

ブリスベン万博跡地にたつ海洋博物館の現在の様子。万博当時は「パビリオン・オブ・プロミス」だった。
photo©️Kyushima Nobuaki

海洋博物館近くのグッドウィル・ブリッジからみた万博跡地一帯。手前左が海洋博物館。
photo©️Kyushima Nobuaki

この博物館自体は1971年に創設されたが、万博期間中は「Pavilion of Promise(約束のパビリオン)」として使われた。

そして、万博後に再び博物館施設として活用されている、というものである。

いまでも、博物館、そしてその周りには第二次大戦のフリゲート艦「HMAS Diamantina」などが展示展示されている。

その他、この跡地、またブリスベン市内には万博の名残がいくつか残っている。

次回以降はそれらをいくつかご紹介していきたい。

タイトルとURLをコピーしました