東京都庭園美術館「マリメッコ展」へ

東京都庭園美術館
Tokyo Metropolitan Teien Art Museum
先日、日時指定のチケットを予約して、ようやく行くことができた。

東京都庭園美術館「マリメッコ展」サイン
photo©️Kyushima Nobuaki
じつはその1週間ほど前、午後に直接出かけたところ、夕刻のチケットしか残っていないと言われ、その日は近くの附属自然教育園を散歩して帰る羽目になった。
(ちなみに、この自然教育園も、いろいろな意味で訪れる価値のある場所だった。)
筆者の記憶では、東京都庭園美術館でこれほど入場に苦労したことはなかった。
なぜこんなに人気なのだろうか。
そんなことを考えながら、展覧会に出かけた。
大人気の「マリメッコ展」
展覧会の正式名称は
会期は2026年10月3日から12月20日まで。
マリメッコは1951年にフィンランドで創業したデザインハウスである。
鮮やかな色彩と大胆な模様を特徴とし、ファッションからインテリア、テーブルウェアまで、幅広い製品を展開している。
これまでに生み出されたプリント・デザインは3,500種類以上にのぼるという。
今回の展覧会では、さまざまな時代のドレスやファブリック、制作過程を紹介する資料などを通して、マリメッコのデザインの歴史をたどることができる。
行ってみると、女性客が圧倒的に多い。
館内には、鮮やかな色彩や大胆な模様をあしらったマリメッコのドレスやテキスタイルが多数展示されている。

マリメッコ展 展示風景
photo©️Kyushima Nobuaki

マリメッコ展 展示風景 (ウニッコ)
photo©️Kyushima Nobuaki

マリメッコ展 展示風景
photo©️Kyushima Nobuaki

マリメッコ展 展示風景
photo©️Kyushima Nobuaki

マリメッコ展 展示風景 (ウニッコ)
photo©️Kyushima Nobuaki

マリメッコ展 展示風景 (ウニッコ)
photo©️Kyushima Nobuaki

マリメッコ展 展示風景
photo©️Kyushima Nobuaki
マリメッコでは、日本人デザイナーも重要な役割を果たしてきた。
展覧会の公式ホームページには、1960年代に脇阪克二、1970年代に石本藤雄らが活躍したことが紹介されている。
また、今回の展覧会では、デザイナーの皆川明がマリメッコの世界観を再解釈した新作インスタレーションも展示されている。
ドレスやテキスタイルだけでなく、こうしたインスタレーションや、新館で上映される映像展示など、さまざまな楽しみ方ができる展覧会である。

マリメッコ展 新館 サイン
photo©️Kyushima Nobuaki

マリメッコ展 展示風景
photo©️Kyushima Nobuaki

マリメッコ展 映像展示風景
photo©️Kyushima Nobuaki

マリメッコ展 映像展示風景
photo©️Kyushima Nobuaki

マリメッコ展 映像展示風景
photo©️Kyushima Nobuaki

マリメッコ展 映像展示風景
photo©️Kyushima Nobuaki

マリメッコ展 映像展示風景
photo©️Kyushima Nobuaki

マリメッコ展 映像展示風景
photo©️Kyushima Nobuaki

マリメッコ展 映像展示風景
photo©️Kyushima Nobuaki
マリメッコと1958年ブリュッセル万博
さて、ここからが本題である。
マリメッコは1951年にフィンランドで創業した会社だが、そのわずか7年後には、1958年ブリュッセル万博に製品を出展している。
1958年ブリュッセル万博は、「世界の視点:新しいヒューマニズム」をテーマに4,145万人もの入場者を集めた万博である。
今回の展覧会図録の年表には、次のように記されている。
ここに登場するプリンテックス社(Printex)とは、どのような会社なのだろうか。
じつは、マリメッコの誕生と深い関係を持つ会社なのである。
プリンテックス社は1949年、ヴィルヨ・ラティアらによって設立されたテキスタイル・プリント会社である。
その生地を使った衣服を製造・販売するため、1951年にアルミ・ラティアらが設立したのがマリメッコ社だった。
つまり、当初はプリント生地を製造するプリンテックス社と、その生地を使った衣服などを展開するマリメッコ社という、密接な関係にある別会社だったのである。
1958年ブリュッセル万博への出展当時も、両社はまだ別会社だった。
その後、1966年初頭に両社は合併し、経営が一本化されている。
1958年ブリュッセル万博のフィンランド館
では、1958年ブリュッセル万博では、実際にどこで、どのような製品が展示されていたのだろうか。
調べてみると、フィンランド館の展示区画に、プリンテックス社が製造したプリント生地が展示されていたことが分かった。
フィンランドのデザイン関連サイト「Kruuna」には、次のように記されている。
日本語に訳すと、
という意味である。
同サイトには、当時のフィンランド展示区画の写真も掲載されている。
その写真には、マイヤ・イソラがデザインした《Ruusupuu》(バラの木)のテキスタイルが写っている。
また、「Luonto(自然)」シリーズに属する《Putkinotko》も紹介されている。
これらは、後にマリメッコを代表するデザイナーとなるマイヤ・イソラの初期の仕事である。
つまり、1958年ブリュッセル万博では、マリメッコのデザインを支えるプリンテックス社のプリント生地が、フィンランドのデザインを代表する製品の一つとして紹介されていたのである。
なお、現時点では、万博公式出展目録における両社の登録名や展示番号、展示区画内の正確な位置までは確認できていない。
万博での出会いがアメリカ進出へ
さて、1958年ブリュッセル万博では、マリメッコのその後の発展につながる重要な出会いがあった。
それが、アメリカのデザイン・リサーチ社(Design Research)のベンジャミン・トンプソン(Benjamin Thompson)との出会いである。
今回の展覧会図録の年表にも、ラティア夫妻が万博でトンプソンと知り合ったことが記されている。
さらに、アメリカのスミソニアン協会が所蔵するマリメッコ関連資料の解説でも、トンプソンがブリュッセル万博のフィンランド館でマリメッコのデザインに出会ったことが紹介されている。
この出会いが、アメリカ市場への進出につながっていく。
展覧会図録の「マリメッコとは」という解説には、次のように書かれている。
今回の展示でも、ジョン・F・ケネディの隣に立つ、マリメッコのドレスを着たジャクリーン・ケネディの写真が紹介されていた。
解説パネルによると、ジャクリーン・ケネディはマリメッコの製品を8着も購入したという。
よほど気に入ったのだろう。
1958年ブリュッセル万博での出会いが、翌年のアメリカ市場への進出につながり、さらに大統領夫人となる女性の愛用によって、世界的な知名度を獲得していく。
万博が国際的なビジネスや文化交流の接点となった、興味深い事例といえるだろう。
マリメッコを代表する「ウニッコ」
日本でもマリメッコは人気が高い。
今年(2026年)3月に東京・日本橋高島屋で開催された「北欧のテキスタイルと暮らし展」(3月4日~16日)でも、マリメッコの作品が紹介されていた。

日本橋高島屋「北欧のテキスタイルと暮らし展」サイン
photo©️Kyushima Nobuaki

日本橋高島屋「北欧のテキスタイルと暮らし展」サイン
photo©️Kyushima Nobuaki
そこでは、マリメッコを代表するデザイナー、マイヤ・イソラ(Maija Isola、1927~2001年)に関するパネルも展示されていた。

日本橋高島屋「北欧のテキスタイルと暮らし展」展示風景
photo©️Kyushima Nobuaki

日本橋高島屋「北欧のテキスタイルと暮らし展」展示風景 マイヤ・イソラについてのパネル
photo©️Kyushima Nobuaki
マイヤ・イソラは、1951年から1987年までマリメッコのデザインに携わり、数々の象徴的なテキスタイルパターンを生み出した人物である。
その代表作が、1964年にデザインされた「ウニッコ(Unikko)」である。

日本橋高島屋「北欧のテキスタイルと暮らし展」展示風景 マリメッコ(ウニッコ)
photo©️Kyushima Nobuaki
ウニッコとは、フィンランド語でケシの花を意味する。
このデザインの誕生には、面白い逸話がある。
当時、マリメッコの創業者アルミ・ラティアは、自然の花そのものが美しいのであって、人工的な花柄を作る必要はないと考え、花柄のプリントを作ることを禁じていたという。
ところが、マイヤ・イソラはその方針に反発するかのように、大胆に抽象化したケシの花を描き上げた。
それが創業者をも魅了し、採用されることになったというのである。
今回の展覧会の解説によると、マリメッコのデザインは「建築」「風景」「植物」「花柄」「ストーリーテリング」「装飾」という6つの普遍的なテーマに分類されるという。
その「花柄」を代表するのが、ウニッコである。
このウニッコは、見ているだけでも楽しくなるデザインだ。
花の細部にはこだわらず、その形を大胆に抽象化し、鮮やかな色彩で表現している。
1964年当時としては、まさに新しい発想のデザインだったのだろう。
そして、このウニッコが、半世紀以上を経て2025年大阪・関西万博とも思いがけない形で結びつくのである。
「ウニッコ」と2025年大阪・関西万博「北欧パビリオン」
2025年大阪・関西万博の「北欧パビリオン」(Nordic Circle)は、アイスランド、スウェーデン、デンマーク、ノルウェー、フィンランドの5カ国による共同館だった。
そのコンセプトには、「信頼」「持続可能性(サステナビリティ)」「イノベーション」などが掲げられていた。
建築を手がけたのは、イタリアの著名な建築家ミケーレ・デ・ルッキ(Michele De Lucchi)と設計事務所AMDL CIRCLEである。
ちなみに、ミケーレ・デ・ルッキは、2015年ミラノ万博でも「パビリオン・ゼロ」などの設計に携わった人物である。
さて、この北欧パビリオンでは、マリメッコが公式ユニフォームを提供するパートナーの1社に選ばれていた。
マリメッコがトップス、キャップ、バッグ、H&Mがパンツ、VIBAeがシューズを担当した。
つまり、マリメッコは1958年ブリュッセル万博に続き、2025年大阪・関西万博にも、形を変えて関わっていたのである。
ミャクミャクとウニッコの意外な共通点
そして、ここで今回の「マリメッコ展」の人気にも関係しているのではないか、と思わせる話に行き着いた。
それは、2025年大阪・関西万博の公式キャラクター「ミャクミャク」と、マリメッコの「ウニッコ」の意外な共通点である。

ミャクミャク@2025大阪・関西万博コンセプトストア
photo©️Kyushima Nobuaki
言われてみれば、確かに似ている。
ミャクミャクの顔の周囲にある赤い円形の造形と、ウニッコの大胆な花柄には、どこか通じるものがある。
2025年大阪・関西万博では、この両者のデザインの相性に注目し、ウニッコ柄の服やバッグとミャクミャクのグッズを組み合わせて楽しむ人たちもいたようだ。
ウニッコのバッグにミャクミャクのマスコットを付ける、といった組み合わせである。
もちろん、これはマリメッコと大阪・関西万博による公式なコラボレーションという意味ではない。
しかし、1964年にフィンランドで生まれた花柄と、2025年大阪・関西万博の公式キャラクターが、半世紀以上の時を隔てて、思いがけない形で結びついたというのは面白い。

ミヤクミャクのタペストリー
©️Kyushima Nobuaki
そして、今回のマリメッコ展の人気にも、大阪・関西万博をきっかけにウニッコに親しみを持った人たちが、多少なりとも関係しているのではないだろうか。
もちろん、展覧会の人気には、マリメッコそのものの根強い人気や、東京都庭園美術館という会場の魅力もあるだろう。
それでも、万博という視点から眺めてみると、また違ったつながりが見えてくる。
1958年ブリュッセル万博では、アメリカ進出につながる出会いがあり、2025年大阪・関西万博では、北欧パビリオンのユニフォームを彩るとともに、日本の人気キャラクターとの思いがけない共鳴も生まれた。
万博は、時代を超えてデザインと人々を結びつける場所でもあるのだろう。

