<73>「ニューヨーク・メッツ」の本拠地「シティ・フィールド」

1964/65EXPO
エベッツ・フィールド 1913年開場当日の様子 Ebetts Fiels 1913 Opening Day

「ドジャース」対「メッツ」の試合中継

先週2024年5月29日(水)、NHK-BSでアメリカ大リーグで大谷翔平選手の所属する「ロサンゼルス・ドジャース」「ニューヨーク・メッツ」の試合を中継していた。
試合開場はメッツの本拠地であるニューヨークの「シティ・フィールド」(Citi Field)である。

シティ・フィールド
Citi Field
photo©️Kyushima Nobuaki

シティ・フィールドとトム・シーバーの銅像
Citi Field and Statue of Tom Seaver
photo©️Kyushima Nobuaki

シティ・フィールドの内部
Inside of Citi Field
photo©️Kyushima Nobuaki

大谷選手といえば言わずと知れた二刀流の大スターであるが、右肘のじん帯修復手術の影響から今年は打者に専念している。5月の時点では3割5分以上の打率を誇り、好調のようで一安心というところである。

ところで、その大谷選手が活躍するチームといえば、今年2024年から「ロサンゼルス・ドジャース」であるが、このチームはもともとニューヨーク・ブルックリンでスタートしたチームである。

「ドジャース」はもともとニューヨークでスタート

Sportsnaviの記事によると、この「ドジャース」の名前の由来として、次のようにある。


1883年創設で、1957年までニューヨークにあった球団。
ブルックリン地区には路面電車が多かったそうで、そこからブルックリンの住民のことを、「路面電車を避ける人たち」という意味で、「ドジャース(Dodgers)」と呼んだそうです。
dodgeは「避ける」。ドッジボール(dodgeball)の語源でもありますね。
西海岸にあるロサンゼルスのチームの由来が、東海岸のニューヨークだなんて。なんかオシャレ。

Wikipediaによるとこのチームの名前は下記のように変わっている。


ロサンゼルス・ドジャース (1958年 – )
ブルックリン・アトランティックス (1884年)
ブルックリン・グレイス (1885年 – 1887年)
ブルックリン・ブライドグルームス (1888年 – 1890年)
ブルックリン・グルームス (1891年 – 1895年)
ブルックリン・ブライドグルームス (1896年 – 1898年)
ブルックリン・スーパーバス (1899年 – 1910年)
ブルックリン・トロリードジャース (1911年 – 1912年)
ブルックリン・スーパーバス (1913年)
ブルックリン・ロビンス (1914年 – 1931年)
ブルックリン・ドジャース (1932年 – 1957年)
ロサンゼルス・ドジャース (1958年 – )

1958年からはロサンゼルスに拠点を移しているので、もう十分にロサンゼルスのチームと呼んでもいいだろう。

しかし、まだニューヨーク・ブルックリンにも「ドジャース」の名残は存在しているようだ。

ニューヨーク・ブルックリンに残る「ドジャース」の軌跡

このNHKの中継では、この、かつての「ブルックリン・ドジャース」が本拠地とし、ニューヨーク・ブルックリン区にあった「エベッツ・フィールド」の跡地まで行ってみる、という興味深い取材を行っていた。

「エベッツ・フィールド」の跡地は、今もブルックリンに存在するその名も「エベッツ・フィールド・アパートメント」という部屋数およそ1300戸のアパートになっていて、その一角には、今も「エベッツ・フィールド」があったときのホームベースの位置に、金属のホームプレートが記念に残されているのである。

エベッツ・フィールド 1913年開場当日の様子
Ebetts Fiels 1913 Opening Day

そして、今、メッツが拠点としている「シティ・フィールド」であるが、この球場の外観デザインは、かつてブルックリン・ドジャースが本拠地としていた「エベッツ・フィールド」を模したデザインとなっているのである。

シティ・フィールド
Citi Field
photo©️Kyushima Nobuaki

「シティ・フィールド」とニューヨーク万博

そして、この「シティ・フィールド」は1939/40年、1964/65年のニューヨーク万博の会場であったフラッシング・メドーズ・コロナパークの地下鉄7号線の最寄駅「Mets-Willets Point」駅をはさんで北側にあるのである。(万博会場跡地は駅の南側に位置し、広大な公園になっている)

今も万博跡地に残る「ユニスフィア」
“Unisphere” still remains on the site of the Expo
©️Kyushima Nobuaki

駅を越えるとシティ・フィールドへ出る。
Once you pass the station, you will arrive at Citi Field.
photo©️Kyushima Nobuaki

シティ・フィールド側から見た駅
Station seen from the Citi Field side
photo©️Kyushima Nobuaki

ちなみに、万博会場跡地であるフラッシング・メドーズ・コロナパークはこの駅のすぐ南にある。
また、駅の北側、「シティ・フィールド」のさらに北側にも万博の名残が今でも存在しているのである。

シティ・フィールドの北側に残るニューヨーク万博の名残である「Candelas」
©️Kyushima Nobuaki

この「シティ・フィールド」の前身は「シェイ・スタジアム」(Shea Stadium)というもので、1961年に起工し、1964年4月17日に開場している。まさに1964年ニューヨーク万博が開幕する(1964年4月22日)直前である。
資料によると、この「シェイ・スタジアム」は万博会社によって建設されたわけではないが、万博と施設は密接な関係があり、万博公式ガイドブックにも掲載されているという。

この「シェイ・スタジアム」は2009年に取り壊され、同年、「シティ・フィールド」がオープンすることになり、現在に至っている。

この「シティ・フィールド」近辺の、2つのニューヨーク万博跡地の話は、<53><62> 話あたりに(特に<59>話)、2023年11月に行った現地視察、実地検証の結果も含めて詳しくご紹介しているので、ご興味のある方はそちらをご覧いただければ幸いである。

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