<192>1889年パリ万博出展作『チェイルリー公園』を発見!

1889 Paris Expo
クロード・モネ『チェイルリー公園』

1889年パリ万博に出展された『チェイルリー公園』

現在、東京・アーティゾン美術館で開催中の「モネ展」。

アーティゾン美術館「モネ展」サイン
photo©️Kyushima Nobuaki

その中で1889年パリ万博に出展されたと思われる作品が展示されている。

1889年にも「フランス絵画の回顧100年展」が開催された。

「フランス絵画の回顧100年展」は、1789年のフランス革命時から1889年までの油彩画652点、彫刻140点がシャン・ド・マルスの「パレ・デ・ボザール」にて展示されたものであった。

作家としてはダヴィッド、アングル、ジェリコー、ドラクロワ、フラゴナール、クールベコローミレーテオドール・ルソー等のほか、マネモネピサロセザンヌ等の印象派の画家の作品も出展されていた。

モネはこの1889年パリ万博時の「100年展」『チェイルリー公園』等3点を出展した、という記録が残っている。

「100年展」のカタログナンバーでは526、527、528番であり、具体的には下記の通りである。

526 L’eglise de Vernon  『ヴェルノン教会』
527 Les Tuileries 『チェイルリー公園』
528 Vetheuil 『ヴェトゥイユ』

筆者はずっとこの1889年パリ万博に出展された3点がどんな作品か見たいと思っていたが、ネット等の調査でもなかなかその絵の画像に辿り着けなかった。

しかし、ついに、今回のモネ展で527番『チェイルリー公園』を見つけたのである。

今回の展覧会に出品されているオルセー美術館所蔵の作品『チェイルリー公園』(1876年頃)がそれではないかと思われるのである。

今回の展覧会図録等にはその旨の言及はないが、下記の調査からその可能性は高いと思われる。

クロード・モネ『チェイルリー公園』

モネは1876年に、パトロンの一人であったビクトール・ショケ(1821-1891)のルーヴル河岸にあるアパルトマンの窓から、チェイルリー庭園を見下ろす構図で一連の作品を制作した。

この時に描かれたのは合計4点(完成作1点、エスキース3点)とされ、完成作はマルモッタン・モネ美術館に所蔵されている。

エスキース(下絵)の3点のうち、1つがこのオルセー美術館蔵、他2点は個人蔵である。

この作品は1877年の第3回印象派展に出品され、そこで画家であり印象派の重要なパトロンでもあったュスターヴ・カイユボット(1848-1894)により購入された。

カイユボットは万博の選考委員や主催者側とも近い関係にあり、完成作(早い段階で個人コレクターの手に渡ったとされる)ではなく、本作が1889年パリ万博に出展されることになった、という経緯のようである。

そのため、本作が1889年パリ万博の「100年展」に出展されたといって間違いないだろう。

『ヴェトゥイユ』

また、528番の『ヴェトゥイユ』であるが、そのままの作品名のものは今回出展されていないようだが、『ヴェトゥイユの教会』、『ヴェトゥイユの雪景色』、『ヴェトゥイユのセーヌ川』といった作品は見ることができる。

クロード・モネ『ヴェトゥイユの教会』(1879年 オルセー美術館)

クロード・モネ『ヴェトゥイユの雪景色』(1878-79年 オルセー美術館)

クロード・モネ『ヴェトゥイユのセーヌ川』(1879-80年 オルセー美術館)

1889年パリ万博とモネ

さて、この、エッフェル塔ができたことでも有名な1889年パリ万博は、モネにとって非常に重要な万博だった。

それはモネが「睡蓮」と出会った万博だった、ということである。

また、モネは、この万博に出展されたマネの『オランピア』がアメリカに売却されるという話を聞き、2万フランを目標にして募金活動をして海外流出を防いだという逸話も残しているのである。

これについては、

<107>「モネ 睡蓮のとき」展 ー モネが睡蓮を「発見」した万博とは

で詳しくご紹介したのでそちらもご参照いただきたい。

(<193>に続く)

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