パリの象徴 ー エッフェル塔
パリに行くと、いろんなところからエッフェル塔が見える。

バトー・ムーシュから見たエッフェル塔
photo©️Kyushima Nobuaki
このエッフェル塔も1889年パリ万博で建てられたものだ。
当時、この高さ300mの塔は世界一高い建物だった。
このエッフェル塔についても拙著『万博100の物語』(ヨシモトブックス)で詳しくご紹介した。
詳細についてはそちらをご参照いただきたい。
エッフェル塔に登ってみた
エッフェル塔に久しぶりに登ってみることにした。
今はエッフェル塔に登るにはネットの予約が必要である。
ちょっと時間前にエッフェル塔についたが、チケットを確認され、ちゃんと時間通りでないとダメ(エレベーターのところに並べない)と言われる始末である。
他の多くのミュージアムも時間予約制であるが、多くのケースでは時間前に到着しても入れてもらえたが、エッフェル塔はなかなか厳格に管理している模様である。
列に並んでエレベーターに乗り込む。
このエレベーターは斜めに登っていくので面白い。

エッフェル塔のエレベーター内部からみた風景
photo©️Kyushima Nobuaki

エッフェル塔のエレベーター内部からみた風景
作り物の人形がエレベーターを運転している?
photo©️Kyushima Nobuaki

エッフェル塔のエレベーター内部からみた風景
作り物の人形がエレベーターを運転している?
photo©️Kyushima Nobuaki
エレベーターの外には、運転手の人形があしらわれており、彼が運転しているというたてつけである。

上りエレベーターから下を見る
photo©️Kyushima Nobuaki
現在、エッフェル塔では1983年に設置された4基のエレベーターが動いており、すべてオーティス社製となっている。

「日本国皇帝」(大正天皇)からエッフェルへの明治勲章(勲三等旭日中綬章)(大正6年=1917年7月31日)
エッフェル塔内に展示されている。
photo©️Kyushima Nobuaki
いろんな有名人が登ったエッフェル塔
このエッフェル塔にはいろんな人が登っている。
エッフェル塔ができた1889年パリ万博会期中には英国皇太子エドワード(ヴィクトリア女王とアルバート公の長男、後のエドワード7世)、発明王トーマス・エジソン、人気女優のサラ・ベルナールなどの有名人も登ったという記録がある。
彼らもこの万博期間中にエッフェル塔に登った200万人のうちの数人ということになる。

アンリ・リヴィエール『建設中のエッフェル塔、トロカデロ宮からの眺め』(『エッフェル塔三十六景』の一枚)
Henri Rivière ”Eiffel Tower under construction, view from the Trocadero” (one of “36 views of the Eiffel Tower”)
漱石は、この時のことを、その年、明治33年(1900年)10月23日、自宅宛の書簡で次のように書いている。
エッフェル塔から見える万博関連事物
エッフェル塔からはパリ中が見渡せる。
近くには、セーヌ川の対面にシャイヨー宮が見える。

エッフェル塔からみたシャイヨー宮
photo©️Kyushima Nobuaki
エッフェル塔ができた当時にはなかったものである。
当時はこの場所にはトロカデロ宮という建物が立っていた。

トロカデロ宮
シャイヨー宮が建てられたのは1937年パリ万博の時のことである。
また、セーヌ川の中に「白鳥の島」が見える。この先端にはパリ版「自由の女神」が立っているのである。
(この話はまた別途ご紹介したい)

エッフェル塔から見たセーヌ川の「白鳥の島」
先端にパリ版「自由の女神」がたっている
photo©️Kyushima Nobuaki

エッフェル塔から見たセーヌ川の「白鳥の島」
先端にパリ版「自由の女神」がたっている
photo©️Kyushima Nobuaki
長い間世界一の高さを誇ったエッフェル塔
さて、このエッフェル塔、長い間世界一の高さを誇っていた。

下から見たエッフェル塔
photo©️Kyushima Nobuaki

真下から見たエッフェル塔
photo©️Kyushima Nobuaki
じつはこのエッフェル塔は約40年間にわたって世界一高い建造物であった。
しかし、とうとう、1930年に竣工することになるウィリアム・ヴァン・アレン設計、77階建て、高さ約319メートルの、ニューヨーク・マンハッタンの「クライスラー・ビル」にその座を譲ることになった。
そして、この「クライスラー・ビル」は、わずか1年後の1931年に、同じくマンハッタンの「エンパイア・ステート・ビル」(約381メートル)に抜かれることとなる。
そしてその「エンパイア・ステート・ビル」は、ミノル・ヤマサキ設計の、今はなき「ワールド・トレード・センター」(約417メートル、1973年竣工、2001年9月11日同時多発テロにより崩壊)ができるまでの42年間、世界一の座を守ることになるのであった。