<214> 「ピカソ meets ポール・スミス 遊び心の冒険へ」展

1937 Paris
「ピカソ meets ポール・スミス 遊び心の冒険へ」展のサイン photo©️Kyushima Nobuaki

「ピカソ meets ポール・スミス 遊び心の冒険へ」展

現在、東京・六本木の新国立美術館

「ピカソ meets ポール・スミス 遊び心の冒険へ」
(英語タイトル:Picasso, through the Eyes of Paul Smith)

が開催されている。

「ピカソ meets ポール・スミス 遊び心の冒険へ」展のサイン
photo©️Kyushima Nobuaki

「ピカソ meets ポール・スミス 遊び心の冒険へ」展のサイン
photo©️Kyushima Nobuaki

「ピカソ meets ポール・スミス 遊び心の冒険へ」展の展覧会場入り口サイン
photo©️Kyushima Nobuaki

開催期間は、2026年6月10日(水) ~ 2026年9月21日(月・祝)

ホームページの案内によると、

パリの国立ピカソ美術館が所蔵する20世紀を代表する芸術家パブロ・ピカソ(1881-1973)の作品からインスピレーションを得て、伝統的な仕立てと遊び心あふれる色使いで知られる英国人デザイナー、ポール・スミスが会場のレイアウトを考案します。自由な発想で創り上げられた会場構成は、ポール・スミスがデザインする洋服や小物のような色鮮やかさと楽しさに満ちています。ピカソの初期から晩年までの作品群を緩やかな時系列に従って展観します。

とある。

展覧会タイトルだけ見た時には、半分くらいポール・スミスの作品が展示されているのかと誤解していたが、実際は、展覧会会場の構成やデザインをポール・スミスが担当した、というもので、予想をいい意味で裏切り、大変素晴らしい展覧会に仕上がっていた。

ポール・スミスは言わずと知れたファッション・ブランドだが、その本人、サー・ポール・スミス(Sir Paul Smith、1946年7月5日 – )は、イギリス・ノッティンガム出身のファッションデザイナーである。

今回の展覧会は、2023年にパリ国立ピカソ美術館で開催されたピカソ没後50周年記念の特別展「Picasso Celebration: The Collection in a New Light!」を基にした国際巡回展であるが、その立ち上がりからポール・スミス本人がアートディレクターとして深く関わったもの、ということである。

展示デザインの妙味

今回の展覧会は従来の展覧会のイメージとは一風ことなるもので、展覧会アートディレクターとしてのポール・スミスの主張がうまく作品と融和している。

たとえば、最初のセクション、ピカソ《牡牛の頭部》(自転車のサドルとハンドルを組み合わせた作品)を展示するセクションでは、かつてプロの自転車選手を目指していたスミス本人のアイデアにより、何十個もの自転車のサドルを用いた独自の部屋のレイアウトになっていたりする。

ピカソの《牡牛の頭部》(自転車のサドルとハンドルを組み合わせた作品)を展示するセクション
photo©️Kyushima Nobuaki

また作品によって、壁紙を大きく変化させている。

ウイリアム・モリスを思わせる壁紙が使用されていたかと思うと、闘牛のセクションでは、目覚ましい赤、人物を描いた作品ではその作品中の人物の服にあわせた壁紙が使用されたりしている。

会場展示風景
photo©️Kyushima Nobuaki

会場展示風景(『ギター』)
photo©️Kyushima Nobuaki

会場展示風景(『顎鬚のある男の胸像』)
photo©️Kyushima Nobuaki

会場展示風景(『口髭の男』)
photo©️Kyushima Nobuaki

会場展示風景
photo©️Kyushima Nobuaki

会場展示風景(『男の肖像』)
photo©️Kyushima Nobuaki

会場展示風景
photo©️Kyushima Nobuaki

会場展示風景(『コリーダ』)
背景は赤
photo©️Kyushima Nobuaki

会場展示風景(『牡牛の頭部』)
背景は赤
photo©️Kyushima Nobuaki

闘牛関連作品の展示風景
背景は赤
photo©️Kyushima Nobuaki

『コリーダ:闘牛士の死』(1933年)ゲルニカのモチーフがうかがえる。
photo©️Kyushima Nobuaki

会場展示風景(『トラックの玩具で遊ぶ子ども』)。作品の背景と壁紙のデザインが似たものになっている。
photo©️Kyushima Nobuaki

会場展示風景(『アルルカンに扮したパウロ』)。パウロの服と壁紙のデザインが似たものになっている。
photo©️Kyushima Nobuaki

会場展示風景(『腕を重ねて座る女』)
縦ストライプの絵には縦ストライプの壁紙
photo©️Kyushima Nobuaki

会場展示風景(『帽子をかぶった女』)ストライプの壁紙
photo©️Kyushima Nobuaki

会場展示風景(『読書』)
縦ストライプの絵には縦ストライプの壁紙
photo©️Kyushima Nobuaki

会場展示風景(『ストライブの帽子をかぶった女の胸像』)
photo©️Kyushima Nobuaki

会場展示風景
photo©️Kyushima Nobuaki

会場展示風景(『室内のフクロウ』)
photo©️Kyushima Nobuaki

会場展示風景 絵皿の展示
photo©️Kyushima Nobuaki

また、『草上の昼食(マネに基づく)』関連作品の展示セクションには緑が使われている。

会場展示風景(『草上の昼食(マネに基づく)』) 背景は緑
photo©️Kyushima Nobuaki

会場展示風景(『草上の昼食』のための模型)
photo©️Kyushima Nobuaki

会場に展示されていたマネ『草上の昼食』(複製)
photo©️Kyushima Nobuaki

また、ボーダーシャツを好んだピカソにちなんでストライプの壁紙を使用しているセクションもある。

ピカソとボーダーシャツ
photo©️Kyushima Nobuaki

会場展示風景 (『座る老いた男』)
photo©️Kyushima Nobuaki

会場展示風景 (『家族』)
photo©️Kyushima Nobuaki

会場展示風景 (『女の半身像』)
photo©️Kyushima Nobuaki

とにかくセンスがいい。

鑑賞していてなにか良い気分になるデザインで、新しい展覧会像を見た気がした。

ピカソ『アヴィニョンの娘たち』の習作

パブロ・ピカソ(1881-1973)はこれまでも何度かご紹介したように過去の万博とも大きなつながりを持つ画家である。

一番有名なのは1937年パリ万博スペイン共和国館『ゲルニカ』を出展したことだろう。

また、筆者独自の調査によって、『アヴィニョンの娘たち』(『Les Demoiselles d’Avignon』)(243.9×233.7cm、1907年作、ニューヨーク近代美術館所蔵)が、『ゲルニカ』が出展された同じ1937年パリ万博で開催された「独立美術の巨匠たち1895-1937展」に出展されていたことも突き止めた。

<34>ピカソ『アヴィニョンの娘たち』は万博に出展されていた!?参照

ピカソ『アヴィニョンの娘たち』
Picasso “Les Demoiselles d’Avignon”
Photo©️Kyushima Nobuaki

その『アヴィニョンの娘たち』の習作が今回の展覧会にも3点展示されていた。

女の胸像(『アヴィニョンの娘たち』のための習作)
パリ、1907年春
photo©️Kyushima Nobuaki

女の胸像(『アヴィニョンの娘たち』のための習作)
パリ、1907年春
photo©️Kyushima Nobuaki

女の胸像(『アヴィニョンの娘たち』のための習作)
パリ、1907年春
photo©️Kyushima Nobuaki

制作年はいずれも1907年。つまり『アヴィニョンの娘たち』が制作された年である。

この作品は1907年に、パリのモンマルトルの「洗濯船」《Bateau-Lavoir》と呼ばれた集合アトリエ兼住宅の中で制作された。

しかし、ピカソは作品完成後何年も、この作品を自分のアトリエに保管しており、一般に公開はしていなかった。周囲の反応も否定的なものが多かったらしい。

その後、1916年になってやっと「サロン・ドートンヌ」で展示されたのである。

そして1937年パリ万博で開催された「独立美術の巨匠たち1895-1937展」にも出展されたのである。

今回展示されている3点もそういう経緯から1907年に、パリのモンマルトルの「洗濯船」と呼ばれた集合アトリエ兼住宅の中で制作されたものである、と考えられるのである。

タイトルとURLをコピーしました