<232>「Softbank World 2026」とシカゴ万博

1893 Chicago
1893シカゴ万博園芸館 Horticultural Building

Softbank World 2026

先日、YouTubeで2026年7月14日に開催された「Softbank World 2026」の様子を見る機会があった。

孫正義ソフトバンクグループ代表取締役 会長 兼 社長執行役員の特別講演で語られるビジョンは、相変わらず壮大である。

宇宙科学者の語る物語のスケールの大きさと同じようなワクワク感を感じさせるもので、さすがと思わせる。

この講演会は会場には企業経営者が集まっていたようだが、孫氏(1957年生まれ)ももう70歳に近づき、経営者の中でも年長の部類に入ってきたためか、自分より若い経営者に教え、諭し、鼓舞するような言い回しも増えてきた気がする。

日本にソフトバンクグループという企業がなかったらAIなどの先端分野でアメリカに完全に取り残されていたのではという気さえする。

そして、孫氏の次に講演をしたのが宮川潤一ソフトバンク株式会社 代表取締役 社長執行役員 兼CEOである。

孫氏の壮大な講演の後の講演で、順番的にはつらいところだが、無事講演をこなされていた。

そしてその講演の最初のエピソードとして語られたのが、1871年10月8日〜10日の3日間でシカゴを消失させたシカゴ大火を描いた絵であった。

宮川氏の説明によると、このシカゴ大火は、消失面積800万平米(東京ドーム170個分)、全焼したのが1.7万棟以上、被災者(家を失った人々)が10万人(シカゴ人口の3割)、ということで、米国市場最大級の都市災害であった。

この復興にあたっては、ジョセフ・メディル(シカゴ市長)、ウィリアム・L・B・ジェニー(エンジニア・建築家)という2人が尽力したことも述べられた。

この話をなぜ宮川氏が最初に話したかというと、この復興にあたっては、燃えない都市を実現するため、今までと同じ流れに沿って、ではなく、今までとは全く違った新しい発想、インフラ、システムで都市を作り直した、ということを説明するためである。

それはひいては、今のサイバー攻撃に対抗するためには、今までの古いシステムではなく、全く新しくシステム、基盤を構築する(企業システム全体のモダナイゼーションをする)必要がある、ということを訴えるためであり、もちろん、その部分がソフトバンクのビジネスになる、ということである。

さて、この1871年のシカゴ大火からの復興を記念して開催されたのが1893年シカゴ万博である。

宮川氏の講演でも、この燃えない都市作りは1893年シカゴ万博を通じて世界に広まった、という説明があった。

1893年シカゴ万博

さて、この1893年シカゴ万博については、ここでも何度もご紹介してきた。

コロンブスのアメリカ到達400年を記念して計画された(実際には1年遅れた)万博であった。

会期は1893年5月1日〜10月3日。
英語の名称はその名も『World’s Columbian Exposition』だった。
19の国が参加し、2750万人もの来場者数を誇った大規模なものだ。

会場は、「ホワイト・シティ」と呼ばれた。
火事に強い煉瓦や石、鉄を使用した、古代ギリシャや古代ローマの建築復興を目指す新古典主義建築の実験場のような会場だった。

1893年シカゴ万博 「ホワイト・シティ」と呼ばれた万博会場
Expo Site called “White City”

 

フェリスの大観覧車が初めて設置されたのもこの万博である。

1893年シカゴ万博 大観覧車(フェリス・ホィール)
FerrisWheel

また、GE社によってミシガン湖畔に初めて「動く歩道」も設置された。

1893年シカゴ万博 グレート・ウォーフの「動く歩道」
The Great Wharf, ’Moving Sidewalk’

日本も平等院鳳凰堂に模した本格的な木造パビリオン「鳳凰殿」を出展し、数々の美術品を展示した。

1893年シカゴ万博「鳳凰殿」

高村光雲鈴木長吉初代宮川香山の作品も展示された。

ジョセフ・メディルとウィリアム・L・B・ジェニー

また、

<117>『万博と殺人鬼』と1893年シカゴ万博

では、エリック・ラーソン作の『The Devil in the White City』という作品の翻訳版『万博と殺人鬼』という本もご紹介した。

この中には、今回の宮川社長講演に出てくる、ジョセフ・メディル(シカゴ市長)、ウィリアム・L・B・ジェニー(エンジニア・建築家)という2人も登場している。

ジョセフ・メディル(1823-1899)は1871年シカゴ大火直後に市長に当選し、シカゴ市の近代化に尽力した。

彼はまた、シカゴ・トリビューンを共同で取得し、シカゴの有力紙へと成長させたことでも知られている。

建築家のウィリアム・ル・バロン・ジェニー(William Le Baron Jenney, 1832- 1907)はアメリカン・スカイスクレーパー(超高層建築)の父として知られる人物である。

ミシガン大学でも教鞭をとり、ルイス・サリヴァンダニエル・バーナムなどもジェニーの事務所で働いた経歴をもつ。

ジェニーは1893年シカゴ万博ではホーティカルチュラル・ビルディング(Horticultural Building、園芸館)の設計も設計も行なっている。

1893年シカゴ万博園芸館
Horticultural Building

この建物は全長約1,000フィート(約300m)、幅約250フィート(約76m)という巨大なサイズであり、中央に聳える巨大なガラスのドームは直径約187フィート(約57m)、高さ約113フィート(約34m)あり、当時の温室ドームとしては世界最大だった。夜間にはライトアップされ、ミシガン湖畔の夜を彩ったのである。

 

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