<228>国宝『普賢菩薩騎象像』と1900年パリ万博

1900 Paris
『普賢菩薩騎象像』(部分) photo©️Kyushima Nobuaki

大倉集古館で開催中の「祈りと救いの美 ―国宝 普賢菩薩騎象像との出会い」展

現在東京・港区の大倉集古館にて

祈りと救いの美 ―国宝 普賢菩薩騎象像との出会い

という展覧会が開催中である。

会期は7月28日ー9月27日。

展覧会ホームページには次のようにある。

さまざまな近代事業を展開した大実業家、大倉喜八郎(1837~1928)は、廃仏毀釈による寺院の荒廃、仏教美術品の散逸や海外流出を憂い、それらを含む日本・東洋の古美術品を収集しその保護に努めました。そして 1917 年に私立美術館、大倉集古館を設立し作品を公開することでその価値を世間に広く知らしめました。本展では、当館の収蔵品の柱の一つである仏教美術の作品を、「経典と仏教伝来」「釈迦如来とその弟子」「極楽浄土と地獄」「法華経信仰と普賢菩薩」「密教」「神仏習合」の 6 章に構成し、仏教美術の流れを紹介すると同時に、東京都内で 2 点しかない国宝の仏像の一つ、『普賢菩薩騎象像』も展示します。本像の平安時代後期を代表する繊細優美な姿や、華麗な彩色と緻密な截金をご堪能いただければ幸いです。

大倉集古館外観
photo©️Kyushima Nobuaki

大倉集古館外観
photo©️Kyushima Nobuaki

展示風景
photo©️Kyushima Nobuaki

展示風景
photo©️Kyushima Nobuaki

展示風景
photo©️Kyushima Nobuaki

展示風景
photo©️Kyushima Nobuaki

展示風景
photo©️Kyushima Nobuaki

国宝『普賢菩薩騎象像』

筆者は、以前からこの展覧会にはぜひ行ってみたいと思っていた。

なぜなら、国宝『普賢菩薩騎象像』が出品されるからである。

今回この展覧会を訪れたのは開会の翌日だったが、それにもかかわらず、来場者は少なく、思う存分、この『普賢菩薩騎象像』を堪能することができた。

『普賢菩薩騎象像』
photo©️Kyushima Nobuaki

『普賢菩薩騎象像』
photo©️Kyushima Nobuaki

『普賢菩薩騎象像』
photo©️Kyushima Nobuaki

『普賢菩薩騎象像』
photo©️Kyushima Nobuaki

『普賢菩薩騎象像』
photo©️Kyushima Nobuaki

『普賢菩薩騎象像』
photo©️Kyushima Nobuaki

『普賢菩薩騎象像』
photo©️Kyushima Nobuaki

この『普賢菩薩騎象像』は12世紀(平安時代)に作られた。
木造で、彩色・漆箔・截金がほどこされ、 高さ140.5cmという作品である。

解説によると、普賢菩薩は『法華経』の宿仰者を守護するものだということである。また、女人往生の典拠となった同経は、特に女性貴族の信仰を集めたという。

1900年パリ万博に出展された『普賢菩薩騎象像』

じつは、この『普賢菩薩騎象像』については

<10>2つの国宝『普賢菩薩像』(東京国立博物館、大倉集古館)

で詳しくご紹介した。

そこでもご紹介しているが、筆者が「千九百年巴里萬國博覧会事務局報告」という1900年パリ万博の政府公式報告書を調べたところ、そこには、

大倉喜八郎(1837-1928、大倉財閥の創業者で大倉集古館の設立者)が木彫りの『普賢菩薩騎象像』を出品した

ことが明記されているのである。

この1900年パリ万博では事務官長として林忠正(1853-1906)が日本出展をとりしきり、合計791点の日本美術(絵書164点、木彫品25点、金属彫刻物163点、蒔絵品130点、陶磁器273点、織物(中略)36点)がパリまで運ばれて展示されたのである。

アルベール・バルトロメ 『林忠正の面』
photo©️Kyushima Nobuaki

目の前にあるこの『普賢菩薩騎象像』があの1900年パリ万博で展示された様子を想像すると、大倉集古館の独特の雰囲気も手伝って、自分が100年以上前のパリ万博の会場でこの像を見ているような錯覚に陥るのであった。

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