箱根のポーラ美術館へ
先日神奈川県箱根に旅行した際、箱根 彫刻の森美術館を訪れたが、その翌日はポーラ美術館を訪れた。

ポーラ美術館入り口付近
photo©️Kyushima Nobuaki
この美術館も筆者が箱根に行く度に訪れる、なかなか快適な美術館である。
この美術館は化粧品のポーラの創業家2代目 故・鈴木常司(1930-2000)が40数年にわたり収集したものを中心に所蔵している美術館で、2002年9月に開館された。
コレクションには、クロード・モネ、ピエール・オーギュスト・ルノワール、ポール・セザンヌ、フィンセント・ファン・ゴッホ、パブロ・ピカソ、藤田嗣治などの名品を含んでいる。
今回行ってみると、
という展覧会が開催中であった。
会期は2026年6月17日ー2027年4月7日。
展覧会ホームページには下記のようにある。
印象派を代表する巨匠、クロード・モネ(1840-1926)。ポーラ美術館が収蔵する19点の油彩画は、セーヌ河の水辺、サン=ラザール駅や行楽地、海辺などを描いた風景や、ロンドンやヴェネツィアの連作、そして「睡蓮」連作にいたるまで、モネの初期から晩年の重要な作品を網羅するアジア最大のコレクションです。本展では、モネの没後100年、そして当館の開館25周年を記念し、この奇跡のコレクションをすべて展観します。
同時代を生きた画家ポール・セザンヌが驚嘆した「目」を持っていたモネは、それまでの美術の伝統とは異なる、ラディカルな美のヴィジョンを提示した先覚者でもありました。100年後の今を生きる私たちの眼前で、ますます輝きを増すモネの絵画―その捉えきれない魅力の秘密は、いったいどこにあるのでしょうか。
本展では、時代を映し出す最も鋭敏な「目」 ― 国内外18組の現代作家たちのまなざしを通じて、「みる」という、私たちが世界に触れるためのはじまりの行為をあらためて問い直しながら、モネの新しい地平を拓きます。
モネの没後100年ということで、単にモネの作品を展示するのではなく、現代作家たちとの組み合わせで新しい展示がされており、なかなか興味深かった。

クロード・モネ『グラジオラス』
photo©️Kyushima Nobuaki
モネ「睡蓮」と万博
モネについては、このブログでも何度かご紹介した。
モネが「睡蓮」というテーマを発見したのも万博がきっかけだった。
あのエッフェル塔ができたことで有名な1889年パリ万博で、ラトゥール=マルリアック(1830~1911)という人物が、新しく開発した色数の増えた睡蓮を、出品していたのである。
それまでは睡蓮といえば白い花のものしかなかったが、ラトゥール=マルリアックはピンク、黄色、赤紫、深紅など新しい色の睡蓮の栽培に成功したのである。
1889年パリ万博で、ラトゥール=マルリアックの睡蓮はトロカデロ宮(セーヌ川をはさんでエッフェル塔の対面にあった)の前の「水の庭」に展示され、大評判となり、一等賞を受賞したのである。
その新しいタイプの睡蓮を万博会場で見て魅了されたモネが、それまで借りていたジヴェルニーの土地を買って『水の庭』を作り始めたのである。
それが睡蓮の連作につながっていく。

クロード・モネ『睡蓮の池』
photo©️Kyushima Nobuaki

クロード・モネ『睡蓮』
photo©️Kyushima Nobuaki

展示風景
photo©️Kyushima Nobuaki
モネ以外の作家と万博
モネ以外にも、今回展示されているセザンヌ、ルノワール、マネ、ドガ、ゴッホ、ピカソなどもそれぞれ万博との関わりを持っている。
1889年パリ万博でセザンヌは『首吊りの家』を出展した。
この万博ではモネは『テュイルリー公園』など3点を出展していた。
この作品を「発見」した話は
<192>1889年パリ万博出展作『チェイルリー公園』を発見!
でご紹介した。
作品名のカタカナ化は展覧会や美術館、キューレーターによって違うので
「テュイルリー」だったり、「チュイルリー」だったり、「チェイルリー」だったりして表記のゆれが発生してしまうのはいたしかたない。

クロード・モネ『チェイルリー公園』
ちなみにこの1889年パリ万博では、かつて万博から排除されており、1883年に死去していたマネの作品14点が万博美術展会場内で展示されていたのであった。
さらに、今回はエミール・ガレやドーム兄弟の作品も展示されていた。

エミール・ガレとドーム兄弟の作品
photo©️Kyushima Nobuaki
エミール・ガレやドーム兄弟と万博については、
でもご紹介した。
久しぶりに訪れたポーラ美術館で、万博に関連した作家の作品に多く触れることができ、充実した時間を過ごすことができた1日であった。

