パナソニック汐留美術館で開催中の長谷川潔展
現在、東京・港区のパナソニック汐留美術館で
長谷川潔展
―パリに生きた銅版画家の軌跡
という展覧会が開催中である。

長谷川潔展 入り口サイン
photo©️Kyushima Nobuaki

長谷川潔展 入り口サイン
photo©️Kyushima Nobuaki
会期は2026年7月11日ー9月23日。
長谷川潔(1892-1980)は、神奈川県横浜市出身の版画家で、1918年フランスにわたり、一度も日本に帰ることなくパリで亡くなった人物である。
これまでもいろいろな展覧会で断片的に長谷川潔の作品に触れてきたが、これほど系統だって彼の画業を俯瞰できる機会はなかったので、大変興味深かった。
長谷川はパリで銅版技法を研究したということだが、パリに渡る前には、日本で、黒田清輝、藤島武二、バーナード・リーチなどから指導を受けている。
パリでは、マティス、デュフィ、ピカソ、シャガールなどとも交流があった。
また、オディロン・ルドン、ヴァシリィ・カンディンスキー、ウィリアム・ブレイクなどから影響を受けた。
今回の展覧会ではそういった画家の作品も展示されている。
展示会場内は写真撮影不可だったのでここでご紹介することはできないが、展覧会ホームページではそのいくつかを見ることができる。
長谷川潔とパリ万博
今回の展覧会で筆者の目を引いたのは、1931年パリ国際植民地博覧会の機会に長谷川潔が手がけた
『フランスの植民地』
の中の
というものである。
この1931年パリ国際植民地博覧会は、今にしてみれば物議を醸し出すだろうテーマの博覧会だが、当時パリが持っていた植民地からの物産やアートを展示したものだった。
なんと3,350万人が来場したという。
この『フランスの植民地』は植民地をまとめ、紹介する本で、21名の著述家が文章を書き、21名の画家がその挿絵を担当した、というもので、長谷川潔はカンボジアとコーチシナ(ベトナム南部)を担当した、というものである。
やはりテーマもテーマだし、他のモノクロ基調の長谷川作品とはテーストが異なるが、やなり長谷川潔も万博に関連していたのである。
そして、さらに1937年パリ万博では金賞を受賞した。
今回の展覧会図録には、第10グループ第54部(版画部門)に招待出品し、12月9日に金賞を受賞したことが記されている。
この時にどんな作品を出品したのかはこの図録ではわからない。
しかし、長谷川潔もやはり万博に出展し受賞した、日本を代表する版画家だった、ということだろう。


